■マンゴー三つとドラゴンフルーツ二つをもらいました。
見かけは、あまりよくないですが ・・・・

カットして、食べたら、とても美味しかったです。
我が家が長女夫妻、孫たちと上高地へ出かけた翌日から、次女夫婦、孫たちは
「宮古島旅行」へ出かけました。 その時のお土産がフルーツでした。
次女の主人のお母さんが宮古島の出身なので、お父さん、お母さんを含めて、三世代
6名が宮古島を訪問したしだいです。

■宮古島って、どのあたりにあるのか、詳しくは知りませんでした。
関西以外に住んでいる人が、大阪市に近いのは、「泉大津市」、「岸和田市」、「泉佐野市」
のどの市ですが、尋ねられても判らないのと同じです。
← クリックしてください。 大きな地図になります。
石垣島より近いですが、台湾に結構近い位置にあります。
■宮古島では、義母さんの親戚の方が良く面倒をみてくださって、大変面白かった
そうです。




私も、一度連れて行って欲しいなあ!
見かけは、あまりよくないですが ・・・・

カットして、食べたら、とても美味しかったです。
我が家が長女夫妻、孫たちと上高地へ出かけた翌日から、次女夫婦、孫たちは
「宮古島旅行」へ出かけました。 その時のお土産がフルーツでした。
次女の主人のお母さんが宮古島の出身なので、お父さん、お母さんを含めて、三世代
6名が宮古島を訪問したしだいです。

■宮古島って、どのあたりにあるのか、詳しくは知りませんでした。
関西以外に住んでいる人が、大阪市に近いのは、「泉大津市」、「岸和田市」、「泉佐野市」
のどの市ですが、尋ねられても判らないのと同じです。

石垣島より近いですが、台湾に結構近い位置にあります。
■宮古島では、義母さんの親戚の方が良く面倒をみてくださって、大変面白かった
そうです。




私も、一度連れて行って欲しいなあ!
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■朝~!
テントの中からでも、天気が良い気配てした。
テント場のすぐ横の梓川へ行ってみました。
5時半の景色です。 3日間で一番良い景色でした。

景色を見るために、河童橋まで行ってみました。
早朝なので、人出が少ないです。


私は若い時、ここから見える穂高連峰の稜線を全て歩いたことがあります。
家内は、歩いたことがありませんが、是非とも歩いてみる価値があります。
ふたり共に段々加齢により、体力が低下していますが、近いうちに稜線を歩く体力が
あるか否かを確かめる意味もあって、昨日「岳沢小屋」まで行ってみました。
← 昨日歩いた岳沢小屋までのルート図です。
クリックしてください。
← 昨日歩いた岳沢小屋までの地形図です。
クリックしてください。
・・・・ で、歩く自信があるかって????
岳沢小屋から一気に高度1,000mを登って、吊尾根をとおり、奥穂高岳から穂高岳山荘
まで行く自信は、私はありますが、家内はちょっと判らないですね。
まあ、来年の秋に考えましょう!
■朝食の準備を始めました。

コンビーフを焼いて、おにぎりにしています。
なかなか、美味しかったです。

■朝食を済ませて、再度梓川へやって来ました。
この景色を見るだけで、上高地に来る価値があります。

孫たちは景色を見るより、梓川へ石を投げる方が興味がある様です。



■借りていた、テーブルや椅子、バーベキューコンロを返却しに行きました。

テントのチェックアウトをして、バスターミナルへ向かいました。
焼岳のガスがとれました。


絵を描くセンスがあったら、こういう場所で絵を描いてみたいですネ!


■沢渡のバスターミナルまで戻り、「白骨温泉」へ行きました。

長女が行きたかった笹屋の小梨の湯です。

(パンフレットの写真です)
途中、平湯温泉で、「はんたい玉子」を食べました。
何が反対かと云うと、この温泉玉子は外が半熟で中の黄身が固まっているからです。

■自宅へは、20時過ぎに到着しました。
途中、岐阜県高山市内で停車中に、後ろから来た車に追突されました。
大したことは、ありませんが、事故処理を済ませるのに、1時間少しかかりました。
バンパーが曲がり後ろのドアが少し凹みました。 自走には全く問題はありません。
次回の「宝くじ」販売時に宝くじを買う予定です。
今なら、当たるかも知れません!
テントの中からでも、天気が良い気配てした。
テント場のすぐ横の梓川へ行ってみました。
5時半の景色です。 3日間で一番良い景色でした。

景色を見るために、河童橋まで行ってみました。
早朝なので、人出が少ないです。


私は若い時、ここから見える穂高連峰の稜線を全て歩いたことがあります。
家内は、歩いたことがありませんが、是非とも歩いてみる価値があります。
ふたり共に段々加齢により、体力が低下していますが、近いうちに稜線を歩く体力が
あるか否かを確かめる意味もあって、昨日「岳沢小屋」まで行ってみました。

クリックしてください。

クリックしてください。
・・・・ で、歩く自信があるかって????
岳沢小屋から一気に高度1,000mを登って、吊尾根をとおり、奥穂高岳から穂高岳山荘
まで行く自信は、私はありますが、家内はちょっと判らないですね。
まあ、来年の秋に考えましょう!
■朝食の準備を始めました。

コンビーフを焼いて、おにぎりにしています。
なかなか、美味しかったです。

■朝食を済ませて、再度梓川へやって来ました。
この景色を見るだけで、上高地に来る価値があります。

孫たちは景色を見るより、梓川へ石を投げる方が興味がある様です。



■借りていた、テーブルや椅子、バーベキューコンロを返却しに行きました。

テントのチェックアウトをして、バスターミナルへ向かいました。
焼岳のガスがとれました。


絵を描くセンスがあったら、こういう場所で絵を描いてみたいですネ!


■沢渡のバスターミナルまで戻り、「白骨温泉」へ行きました。

長女が行きたかった笹屋の小梨の湯です。

(パンフレットの写真です)
途中、平湯温泉で、「はんたい玉子」を食べました。
何が反対かと云うと、この温泉玉子は外が半熟で中の黄身が固まっているからです。

■自宅へは、20時過ぎに到着しました。
途中、岐阜県高山市内で停車中に、後ろから来た車に追突されました。
大したことは、ありませんが、事故処理を済ませるのに、1時間少しかかりました。
バンパーが曲がり後ろのドアが少し凹みました。 自走には全く問題はありません。
次回の「宝くじ」販売時に宝くじを買う予定です。
今なら、当たるかも知れません!
■今年のお盆は、初盆でした。
父は、昨年の暮に97歳で肺炎により死去しました。
55歳少し前に定年退職して、ずっと年金生活で人生を楽しんでいました。
定年退職して、しばらくした頃、私が使わなくなったMZ-80Kと云うマイクロ
コンピュータを父に渡しました。
当時は、使用者がBASICと云うプログラムを組んで使用する時代でした。
私は、BASICのプログラミング法を簡単に父に説明しました。
次に帰省した際、父はBASICとZ80マイコンの機械語を併用したピンポンゲームを
作成していました。 かなり柔軟な頭脳の持ち主でした。

■今日は、終戦記念日です。
父も太平洋戦争へ行きました。
その時の記録を個人的に「太平洋敗戦日記」に残しています。
パソコンが普及する前は、ワープロ全盛期だったので、ワープロで記録を作成しました。
表紙の「太平洋敗戦日記」の文字が反転していますが、負けたからだそうです。
A5版・100ページ以上の大作?です。

■父が戦争に赴いた場所は、「南鳥島」です。
【南鳥島の説明】 ← クリックしてください。
構成は、前書き、太平洋敗戦日記、南鳥島の風土、陸軍の編成装備、海軍の編成装備
各種資料から成り立っています。

昭和19年2月21日に、「熊野山丸」2600トンが横浜港から出発した
ところから始まります。
熊野山丸は、敵潜水艦からの攻撃をかわす為、数隻で船団を組んでおり、周囲を駆潜艇が
護衛していたそうです。
乗船して、3日目の夜、”パーン”と大音響と強いショックで目覚めました。
てっきり、敵潜水艦の魚雷にやられたと思ったそうです。
魚雷攻撃を避けるため、ジグザクコースをとっている祭に、味方の駆潜艇との接触でした。
しかし、その前後には、7000トン位や500トン位輸送船が魚雷で沈没したことなどが
記載されています。 南鳥島上陸は、3月2日になったそうです。

「南鳥島略図」です。 ワープロで図形を作成しています。 スゴイ!

「半地下式兵舎外見図」です。



■自宅への到着は、昭和20年10月22日
背嚢を背負い荷物を提げて歩いていた ・・・・・・ 思う様に足が前へ出なかった。
栄養不良か? 長旅の疲れか? 安堵の為か?
あと200mで家族と再会できるのに、、、、、、、
で、終わっています。
機会があれば、「ドロップボックス」で公開したいと思っています。
合掌
父は、昨年の暮に97歳で肺炎により死去しました。
55歳少し前に定年退職して、ずっと年金生活で人生を楽しんでいました。
定年退職して、しばらくした頃、私が使わなくなったMZ-80Kと云うマイクロ
コンピュータを父に渡しました。
当時は、使用者がBASICと云うプログラムを組んで使用する時代でした。
私は、BASICのプログラミング法を簡単に父に説明しました。
次に帰省した際、父はBASICとZ80マイコンの機械語を併用したピンポンゲームを
作成していました。 かなり柔軟な頭脳の持ち主でした。

■今日は、終戦記念日です。
父も太平洋戦争へ行きました。
その時の記録を個人的に「太平洋敗戦日記」に残しています。
パソコンが普及する前は、ワープロ全盛期だったので、ワープロで記録を作成しました。
表紙の「太平洋敗戦日記」の文字が反転していますが、負けたからだそうです。
A5版・100ページ以上の大作?です。

■父が戦争に赴いた場所は、「南鳥島」です。
【南鳥島の説明】 ← クリックしてください。
構成は、前書き、太平洋敗戦日記、南鳥島の風土、陸軍の編成装備、海軍の編成装備
各種資料から成り立っています。

昭和19年2月21日に、「熊野山丸」2600トンが横浜港から出発した
ところから始まります。
熊野山丸は、敵潜水艦からの攻撃をかわす為、数隻で船団を組んでおり、周囲を駆潜艇が
護衛していたそうです。
乗船して、3日目の夜、”パーン”と大音響と強いショックで目覚めました。
てっきり、敵潜水艦の魚雷にやられたと思ったそうです。
魚雷攻撃を避けるため、ジグザクコースをとっている祭に、味方の駆潜艇との接触でした。
しかし、その前後には、7000トン位や500トン位輸送船が魚雷で沈没したことなどが
記載されています。 南鳥島上陸は、3月2日になったそうです。

「南鳥島略図」です。 ワープロで図形を作成しています。 スゴイ!

「半地下式兵舎外見図」です。



■自宅への到着は、昭和20年10月22日
背嚢を背負い荷物を提げて歩いていた ・・・・・・ 思う様に足が前へ出なかった。
栄養不良か? 長旅の疲れか? 安堵の為か?
あと200mで家族と再会できるのに、、、、、、、
で、終わっています。
機会があれば、「ドロップボックス」で公開したいと思っています。
合掌
■”朝~!”
昨晩、テントに入ってすぐに雨がパラパラと降りましたが、すぐに止みました。
早朝から、槍ケ岳、穂高岳方面へ向かう登山者がひっきりなしに、テントの傍を
明神の方へ歩いていました。

コーヒーを飲みながら、ノンビリと景色を眺めていました。


■朝食の準備が始まりました。 昨日のカレーの残りも加わりました。


■登山と散策へ出発!

河童橋を渡って・・・・

梓川の右岸を進みました。

■岳沢登山口の分岐点です。 (9:00出発)
娘夫婦たちは、明神へ向かいます。

岳沢登山道の標識です。
岳沢小屋までのルートを10等分しています。
やっと1/10登りました。 残り9/10です。

「風穴」に到着! とても涼しいです。 岩の奥を覗いたら、氷が残っていました。
ここは、標識3/10を少し過ぎた地点です。

西穂岳の稜線は、ガスがかかっていました。
ガスがなければ、素晴らしい展望が望める地点です。

やっと中間地点(5/10)へやってきました。

登山道の周辺には、高山植物が咲いていました。

目的の「岳沢小屋が見えた!」

前穂高岳直下の雪渓です。 今年は、雪が多いみたいです。

■岳沢小屋へ12:00到着しました。 普通の人の1.5倍時間を要しました。

岳沢小屋のテラスの風景です。



”生ビールでカンバイ!”
小屋の中では、白人のお嬢さんが生ビールと一緒にスパゲッティを食べていました。

岳沢小屋の全景です。

上高地方面です。

河童橋付近です。

ヘリポートから岳沢小屋方面です。

テント場付近からの景色です。

■13:00に岳沢小屋を出発し下ります。
下りの風穴付近です。
穂高岳山荘→奥穂高岳→吊尾根→前穂高→岳沢小屋を歩いて来た人たちが大休止
していました。

岳沢登山口まで降りるのに、2時間20分を要しました。
体力低下が著しいですね。
■小梨平キャンプ場に到着して、まず風呂に入りました。
娘夫婦たちは、嘉門次小屋に到着(イワナの塩焼き)→ 明神池で遊び → 明神橋→
上高地明神館→ 梓川左岸道→ キャンプ場 →上高地アルペンホテルの日帰り入浴→
ウエストン碑 →帝国ホテルの横を通ってちょうどキャンプ場へ帰ってきました。
■今日の夕食のメインは、「小梨平食堂」でカンパイ!

こうして、2日目のキャンプは過ぎていきました。
昨晩、テントに入ってすぐに雨がパラパラと降りましたが、すぐに止みました。
早朝から、槍ケ岳、穂高岳方面へ向かう登山者がひっきりなしに、テントの傍を
明神の方へ歩いていました。

コーヒーを飲みながら、ノンビリと景色を眺めていました。


■朝食の準備が始まりました。 昨日のカレーの残りも加わりました。


■登山と散策へ出発!

河童橋を渡って・・・・

梓川の右岸を進みました。

■岳沢登山口の分岐点です。 (9:00出発)
娘夫婦たちは、明神へ向かいます。

岳沢登山道の標識です。
岳沢小屋までのルートを10等分しています。
やっと1/10登りました。 残り9/10です。

「風穴」に到着! とても涼しいです。 岩の奥を覗いたら、氷が残っていました。
ここは、標識3/10を少し過ぎた地点です。

西穂岳の稜線は、ガスがかかっていました。
ガスがなければ、素晴らしい展望が望める地点です。

やっと中間地点(5/10)へやってきました。

登山道の周辺には、高山植物が咲いていました。

目的の「岳沢小屋が見えた!」

前穂高岳直下の雪渓です。 今年は、雪が多いみたいです。

■岳沢小屋へ12:00到着しました。 普通の人の1.5倍時間を要しました。

岳沢小屋のテラスの風景です。



”生ビールでカンバイ!”
小屋の中では、白人のお嬢さんが生ビールと一緒にスパゲッティを食べていました。

岳沢小屋の全景です。

上高地方面です。

河童橋付近です。

ヘリポートから岳沢小屋方面です。

テント場付近からの景色です。

■13:00に岳沢小屋を出発し下ります。
下りの風穴付近です。
穂高岳山荘→奥穂高岳→吊尾根→前穂高→岳沢小屋を歩いて来た人たちが大休止
していました。

岳沢登山口まで降りるのに、2時間20分を要しました。
体力低下が著しいですね。
■小梨平キャンプ場に到着して、まず風呂に入りました。
娘夫婦たちは、嘉門次小屋に到着(イワナの塩焼き)→ 明神池で遊び → 明神橋→
上高地明神館→ 梓川左岸道→ キャンプ場 →上高地アルペンホテルの日帰り入浴→
ウエストン碑 →帝国ホテルの横を通ってちょうどキャンプ場へ帰ってきました。
■今日の夕食のメインは、「小梨平食堂」でカンパイ!

こうして、2日目のキャンプは過ぎていきました。
■我が家は早朝5時に出発しました。
長女の家族は、東京を早朝の4時に出発したので、渋滞に巻き込まれなかった
そうです。 時間に余裕があったので、松本城に寄って来たそうです。
予定の集合時間11時に、沢渡駐車場へ全員集合しました。
爺と婆へプレゼントです。 中身は、後ほどのお楽しみ!

足湯場でしばし休憩しました。

■上高地のバスセンターへ到着しました。
今日は、「山の日」の祝日です。
午前中は、色々と行事が開催されたそうてす。
(昨年は、皇太子一家が来られたので、大変だった様です)

■河岸のルートを歩いて、河童橋へ向かっています。
あまり天気が良くありません。 標高2,500m以上は、ガスの中です。

明日は、家内と「岳沢小屋」まで登ります。

■「河童橋」へやってきました。 相変わらずの人出です。

私だけ”信州に乾杯”

小さい子供たちは、水遊びが大好きです。
水が冷たいので、足が真っ赤になっている子供もいました。


■本日のお宿の「森のリゾート小梨」に到着しました。
昔は、小梨平キャンプ場と言っていましたが、今はオシャレな名前になりました。

常設のテントを4月に2幕予約していました。

テーブルと椅子、バーベキューコンロを借りてきました。
リヤカーで運搬しました。
孫たちは、リヤカーが良い遊び道具となりました。


■孫たちに、飯盒でご飯を炊く経験をさせるのも ひとつの目的です。
孫たちより、側を通る登山者たちの方が、”面白そう!”と言っていました。
事前にテスト炊飯をしていましたので、上手く炊けました。

カンパイ!
カレーの野菜の一部は、孫たちが切りました。
美味しいカレーもできました。

焼肉もしました。

暗くなるまで、夕食が続きました。

暗くなると、気温が17~18℃まで低下するので、風邪を引かない様に!
長女の家族は、東京を早朝の4時に出発したので、渋滞に巻き込まれなかった
そうです。 時間に余裕があったので、松本城に寄って来たそうです。
予定の集合時間11時に、沢渡駐車場へ全員集合しました。
爺と婆へプレゼントです。 中身は、後ほどのお楽しみ!

足湯場でしばし休憩しました。

■上高地のバスセンターへ到着しました。
今日は、「山の日」の祝日です。
午前中は、色々と行事が開催されたそうてす。
(昨年は、皇太子一家が来られたので、大変だった様です)

■河岸のルートを歩いて、河童橋へ向かっています。
あまり天気が良くありません。 標高2,500m以上は、ガスの中です。

明日は、家内と「岳沢小屋」まで登ります。

■「河童橋」へやってきました。 相変わらずの人出です。

私だけ”信州に乾杯”

小さい子供たちは、水遊びが大好きです。
水が冷たいので、足が真っ赤になっている子供もいました。


■本日のお宿の「森のリゾート小梨」に到着しました。
昔は、小梨平キャンプ場と言っていましたが、今はオシャレな名前になりました。

常設のテントを4月に2幕予約していました。

テーブルと椅子、バーベキューコンロを借りてきました。
リヤカーで運搬しました。
孫たちは、リヤカーが良い遊び道具となりました。


■孫たちに、飯盒でご飯を炊く経験をさせるのも ひとつの目的です。
孫たちより、側を通る登山者たちの方が、”面白そう!”と言っていました。
事前にテスト炊飯をしていましたので、上手く炊けました。

カンパイ!
カレーの野菜の一部は、孫たちが切りました。
美味しいカレーもできました。

焼肉もしました。

暗くなるまで、夕食が続きました。

暗くなると、気温が17~18℃まで低下するので、風邪を引かない様に!
■早朝の5時過ぎより、「早朝練習」をしました。
何の練習かって? 「立ち乗り2輪ボード」です。
【立ち乗り2輪ボード】 ← 初回の練習
■初回の練習時に、転倒して左手首を捻挫しましたので、プロテクターを通販で購入しました。
(サイズは、Mが良かったのですが、間違えてSを注文してしまったのですが、使用可能です)
それと、「ロッド」を通販で購入しました。 (長さは3段階調整可能)

ロッドは、本体の中心部分に取りつけます。 脱着可能です。

ロッドを取りつけた場合、この様になります。
ロッドは、前後に90度、左右に約30度傾きます。
制御は、あくまで、足板の傾きで制御しますので、ロッドを付けたからと云って制御の
補助とはなりません。
しかし、本体の中心部への加重を掛けることが出来るので、精神的には安心します。

■プロテクターとロッドを購入してから2度目の練習です。


暑いので、練習をサボっていますが、涼しくなったら本格的に練習したいなあ!
何の練習かって? 「立ち乗り2輪ボード」です。
【立ち乗り2輪ボード】 ← 初回の練習
■初回の練習時に、転倒して左手首を捻挫しましたので、プロテクターを通販で購入しました。
(サイズは、Mが良かったのですが、間違えてSを注文してしまったのですが、使用可能です)
それと、「ロッド」を通販で購入しました。 (長さは3段階調整可能)

ロッドは、本体の中心部分に取りつけます。 脱着可能です。

ロッドを取りつけた場合、この様になります。
ロッドは、前後に90度、左右に約30度傾きます。
制御は、あくまで、足板の傾きで制御しますので、ロッドを付けたからと云って制御の
補助とはなりません。
しかし、本体の中心部への加重を掛けることが出来るので、精神的には安心します。

■プロテクターとロッドを購入してから2度目の練習です。


暑いので、練習をサボっていますが、涼しくなったら本格的に練習したいなあ!
■6/6から毎週、「週刊 ロビ2」のロボットを組み立てています。
【ロビ2 ロボット】 ← これです。 クリックしてください。
今週は8号(最新号)となりました。
5号までケースが大きかったので、保管に困るなあ!と思っていましたが、6号から
小さくなりましたので、安心しました。


■組み立て作業の説明文の一部です。
ネジによるロボット頭部の組み立ては、簡単です。

サーボモーターに接続ケーブルを取り付けます。

サーボモーターの制御基板にI D番号を書き込みます。

■これが、サーボモーターと制御基板です。
I C(集積回路)を搭載した精密なものです。

サーボモーターにIDを書き込みました。
動作テストも上手くできました。
このロボットでは、関節部分に20個のサーボモーターを組み込んで、人間らしい
2足歩行動作を実現します。

■今号の完成です。

完成は80号です。 やっと1/10 完了しました。
先は、長いです。
【サーボモーター・制御】 ← 興味のある方は、クリックしてください。
【ロビ2 ロボット】 ← これです。 クリックしてください。
今週は8号(最新号)となりました。
5号までケースが大きかったので、保管に困るなあ!と思っていましたが、6号から
小さくなりましたので、安心しました。


■組み立て作業の説明文の一部です。
ネジによるロボット頭部の組み立ては、簡単です。

サーボモーターに接続ケーブルを取り付けます。

サーボモーターの制御基板にI D番号を書き込みます。

■これが、サーボモーターと制御基板です。
I C(集積回路)を搭載した精密なものです。

サーボモーターにIDを書き込みました。
動作テストも上手くできました。
このロボットでは、関節部分に20個のサーボモーターを組み込んで、人間らしい
2足歩行動作を実現します。

■今号の完成です。

完成は80号です。 やっと1/10 完了しました。
先は、長いです。
【サーボモーター・制御】 ← 興味のある方は、クリックしてください。
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