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2007年夏に定年退職した、団塊世代 普通のオジタリアンの日記
団塊世代オジタリアン
ビックリ! インド(5日目:3/13 関空へ)
2011-03-28-Mon  CATEGORY: 海外旅行
■デリー空港を離陸して、約4時間で夜が明け始めました。

  飛行機は西から東へ、朝は東から西へ移動しますので、朝が来るのが早いのですね。

1 夜明け



  デリーから4時間半で、香港に到着しました。 

  霧がかかって、遠くの景色が見えません。

2 香港空港に到着



  香港へ行く乗客が降りたので、座席が半数位空きました。

  私が座っていたシートは、ディスプレイが故障して写りません。

  尚、デリーでの搭乗手続きの際に私達の意向がうまく伝わらなかった為、

  家内とは遠く離れた席になっていました。(2人とも窓側)


  そこで、私が家内の横の空席になったシートへ移動しました。

  香港空港では、1時間30分駐機して、機内の清掃とギャレーへの朝食の積み込み等

  をしました。

3 香港・駐機・ギャレー



4 ギャレー方向
                     (家内の横のシートに移動した位置と上の写真方向)



  暇なので、CAの様子を眺めていました。 

  AIR INDIAのCAの制服は、サリーかな?と思っていたのですが、サリーとは

  程遠く、しかもヨガをしていない体形でしたので、写真はありません。



■香港を離陸しました。 やはり霧で景色が見えません。

5 香港空港を離陸



  台湾の高雄付近を飛行しています。

6 台湾・高雄付近



  朝食が出ました。  ソバに豆ごはん、肉も日本人好みに調理してあります。

7 機内食・朝食



  飛行機は、台湾の台北近くの南を飛行しています。  

8 台湾・台北近く



  やがて、台北上空から海上へ出ました。

  高度37,000フィート(高度11,277m) 

  対地速度990km/hで飛行しています。 

  帰り(東行き)は偏西風の影響でスピードがでています。

9 台湾・台北上空



■鹿児島上空を経て、徳島の上空を飛行しています。  

10 徳島上空



  やがて、遠くに和歌山市、近くに加太を見ながら、関空への着陸態勢に入りました。

  12:00に無事、関空に到着しました。  定刻どおりでした。

11 関空到着



■関空から電車に乗る前に売店で新聞を2紙購入しました。

  どの紙面も、地震と津波の記事でした。 

  食い入るように読みながら、14時過ぎに自宅に到着しました。 

                                    (一旦、endです)



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ビックリ! インド(4日目:3/12 後半 デリーへ)
2011-03-27-Sun  CATEGORY: 海外旅行
■タージ・マハールとアグラ城を見学した後、アグラ市内で昼食を摂りました。

1 昼食のレストラン



  北インド地方のターリー料理です。

2 昼食・ターリー料理



  現地の旅行会社が契約しているレストランですので、日本人の好みに合わせて

  現地の人たちが食べていると思われる程カレーが辛くありません。

  チキンカレーを追加してもらいました。

  焼きたてのナンもおいしかったので、2枚追加で食べました。

3 昼食・ターリー料理



■昼食の後、「民芸店」に寄りました。 

  家内は、「パンジャービー・ドレス」を買いました。

  インドの衣装は「サリー」が有名ですが、着方が難しいので、着方が簡単な北インドの

  パンジャープ地方発祥の民族衣装を選びました。 

  パンツと組み合わせた、サリーより動き易い衣装です。

4 民芸店



■今から「デリー」へ向けて、約210kmの距離を2号線に沿って約5時間半で走ります。 

  13:00出発しました。

  しばらく走ると鉄道路線が見えました。 線路を人が歩いています。

  インドは世界の中では、「鉄道大国」ですが、地方では運行本数が少ないのでしょう?

5 インドの鉄道路線



■デリーまでの町の様子をしばらく見てみましょう。

  インドでは、車両の通行は、日本と同じく左側通行です。

  これはイギリスの影響をうけているためです。

  しかし日本と違っている点があります。

  それは、車が我先に早く行こうとしてマナーが良くないことです。

  遅い車が遅い車を無理に追い越そうとして、走行車線と追い越し車線の双方を塞ぎます。

  早い車は追い越しできないので、クラクションを鳴らします。

  オートリキシャは、ふらふら走りますので、警告のためクラクションを鳴らします。

  したがっては、クラクションを鳴らしぱなしで走ります。

  遠慮していては、予定時刻にデリーに到着しないそうです。


6 アグラ→デリー間



7 アグラ→デリー間



8 アグラ→デリー間



9 アグラ→デリー間



10 アグラ→デリー間



11 アグラ→デリー間



バスの屋根に乗っていたり、トラクターが荷を積んだ車を引っ張っています。

12 アグラ→デリー間



  アイスクリームを食べている少女と視線が合いました。  

  そしたら、食べかけのアイスクリームを”あなたも食べる?”と云うしぐさで、

  差し出しました。   気持ちはやさしいのかもしれません。

13 アグラ→デリー間




  デリー郊外へ近づくと火力発電所がありました。

15 郊外の火力発電所



  そして、立派な高架の地下鉄線が建設されており、新しい車両が走っていました。

  日本から進出している企業の看板も目立つようになりました。

  インドの財閥系や成長著しい新興財閥系のビルもありました。


  やがて、街の様子が日本とあまり変わらなくなり、日が暮れかけた頃にデリー市内の

  紅茶販売店に到着しました。  現地係員さんと顔なじみの様です。

  買おうか?止めようか?と悩んでいる同行の人たちに対して、私は「日印友好と

  経済発展のため」に、惑わずに買ったら!と勧めました。 

  同行の日本人は皆さん小金持ちです。

  アグラの大理石加工店で、12万円の象の石像を買った大阪のオバチャンも最後の

  買い物をしていました。




■デリー空港に到着したのは、飛行機が出発する約3時間前でした。

  ここで、現地係員のグプタさんとお別れです。

  到着後、時間は十分余裕のある予定でしたが、気をもむことがありました。


  同行の70過ぎの夫婦のeチケットが見つからずに、空港の建物に入ることが

  できませんでした。 

  空港の建物に入るためには、パスポートと共に提示しなけば入れてもらえません。 

  私達は先に空港建物内に入って待っていました。 スーツケースを開けて全てを探した挙句

  結局ポケット内にあったとのことで、これに30分を要しました。



  次に搭乗手続きのため、カウンターに並んだのですが、なかなか前に進みません。

  主人と供にヨーロッパに駐在していた経験のある同行の70歳過ぎのご婦人が、

  カウンターにクレームをつけに行きました。 

  搭乗手続き用コンピュータの負荷が重すぎて動かないようでした。 

  たっぷり1時間並びました。



  次は出国審査です。  ここでも多くの人たちが並んでいました。

  ある外人が、搭乗時間に間に合わないと言って列に割り込んできました。

  私の後にいたインド人?が、”アンフェア”と大きな声を上げて抗議しました。

  次に抗議の声を上げたのが、「ヨーロッパに駐在していた経験のあるご主人」でした。

  次は同ご婦人も”アンフェア”と大きな声を上げて抗議しました。

  外国で長く生活すると、自分の主張をはっきりするのですね。

  私は、許してあげてもよいかな?と思っていましたが、考えが甘いかもしれません。

  割り込んだ外人は、”ソーリー”と言いながら先に行ってしまいました。



  次は、セキュリティチェックです。

  ここでは、厳重にチェックがありました。 銃を抱えた兵士が横にいます。

  ・・・と云う訳で、2時間をたっぷり要してしまいました。

  「地球の歩き方」には、空港には必ず2時間以上前に行くことと書かれていますが、

  ほんとうですね。 



■デリー空港内です。  手続きに多くの時間を費やしましたので、あまり見学する時間が

  ありませんでした。  ちょっと残念でした。

16 デリー空港内



  昨年、新しくなった空港はきれいでした。 

  残っていたインド通貨:ルピーを使い切りました。

17 デリー空港内



■現地時間は23:30です。  30分遅れで出発しました。  

  東北地方の地震と津波の影響はないようでした。

18 さようなら デリー



  私のシートの前の液晶画面が故障していることをCAに伝えました。

  その為か?ドリンクサービス時にビールを2本くれました。  ありがとう!

  やがて、夜食?がでてきました。   種類は? チキンにしました。

19 深夜の機内食



  ご飯の米粒の長さが日本米より、3~4倍長かったです。

  味は、ぱさぱさしてお米の感じはしませんでした。

  だけど、チキンカレーはおいしかったです・・・・


  飛行機は、ガンジス河の上空を香港に向けて飛んでいます。


                                                   (次へ・・・)



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ビックリ! インド(4日目:3/12 前半 アグラ タージ・マハール)
2011-03-22-Tue  CATEGORY: 海外旅行
■「アグラ」での朝があけました。

  昨日は、「日本の東北地方の地震と津波」の情報で気持ちが落ち込みました。

  朝のTVニュースでも、地震と津波の映像が放送されていました。

  しかし、ずっと沈んだ気持ちで過ごしても問題の解決はしませんので、明るく振舞うように

  しました。



■ホテルのベランダからの景色です。 この付近は裕福な人たちが住んでいるようです。

1 アグラ・ホテルの裏側の様子



  ホテルのエレベータホールと廊下の様子です。 。

2 アグラ・ホテルのEVホール前



  ホテルの朝食はバイキング方式でした。 

  このホテルは欧米人が多いので肉料理が豊富です。   

  オムレツを作ってもらいました。 白いオムレツです。

  日本の卵の黄身は黄色ですが、インドの卵の黄身はあまり黄色ではありませんので

  オムレツも白いです。

3 アグラ・ホテルの朝食



■今日は、旅行中でもっとも人気のある「タージ・マハール」(世界遺産)に行きます。

  ホテルを朝7:40に出発しました。 

  タージ・マハールに近づくと街がきれいになりました。 インドではないようです。

  手前の駐車場で、「電気自動車」に乗り換えてタージ・マハールへ向かいました。
 
  排気ガスによる遺産への悪影響を軽減するためです。


  遠くにドームの玉ネギ頭が見えてきました。

4 タージ・マハール メインゲートへ向かう



  タージ・マハールのメインゲートに近づきました。

5 タージ・マハール メインゲート



  メインゲートを通過しようとしています。

  中に入るのに、持ち物の厳しいセキュリティチェックがありました。

6 タージ・マハール メインゲート



  通過した途端に「別世界」が現れました。

  ムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが王妃のために造った霊廟です。

7 タージ・マハール



  メインゲートから霊廟まで庭園を通っていきます。

8 タージ・マハール



  霊廟の壇上の人の背丈との比較からドームの大きさが想像できます。

9 タージ・マハール



  霊廟に上がる前に、靴の上から靴カバーを付けます。

10 タージ・マハール 霊廟に上がる



  現地の人は、素足で階段を上がっています。

11 タージ・マハール 霊廟に上がる



  膨大な「白大理石」を使い22年かけて1653年竣工しました。

12 タージ・マハール 霊廟



  造営のために3万人近い建築家や職人が集められ、その経費のため国の財政が傾きました。

13 タージ・マハール 霊廟



  霊廟というスタンスから、内部は撮影が禁じられています。



  タージ・マハールのすぐ側には、「ヤムナー河」が流れており西方には「アグラ城」が望めます。

14 タージ・マハールよりアグラ城を望む



  観光客でいっぱいです。  後方は、ヤムナー河です。

15 タージ・マハールよりヤムナー河と観光客



  ドームを囲うように4本の尖塔(ミナレット)があります。 

  典型的なイスラム建築の様式です。

16 タージ・マハール 霊廟



  庭園を通り、ゲートへ戻りました。

17 タージ・マハール



  ガイドさんが、観光客に説明していました。

18 タージ・マハール メインゲートと観光客



  ここから、ドームを撮るのが、良いポイントだそうですが、素人にはちょっと?

19 タージ・マハール



■タージ・マハールから、「大理石の加工工場」を見学した後、「アグラ城」へ向かっています。

  路上には、4匹の牛が悠然と歩いていますので、車が待っています。

20 アグラ市内



■「アグラ城」へ到着しました。  歴代皇帝の宮殿です。

21 アグラ城



  アグラ城の城壁と門です。

22 アグラ城



  中庭の様子です。

23 アグラ城



  赤砂岩を使用した建築です。

24 アグラ城



25 アグラ城



  アグラ城から「タージ・マハール」が望めます。

26 アグラ城よりタージマハルを望む



27 アグラ城よりタージマハルを望む



  赤砂岩の彫刻です。 日本で云う「欄間」状のものも石を彫刻して造られています。

28 アグラ城



  アグラ城を訪れている観光客の様子です。

29 アグラ城



30 アグラ城



31 アグラ城



  タージ・マハールを建てたシャー・ジャハーン帝はアグラ城でも贅を尽くした建物を

  造営しました。   見かねた息子によって場内の塔に幽閉されたそうです。

32 アグラ城


                                                 (次へ・・・)



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ビックリ! インド(3日目:3/11 前半 ジャイプール→アグラへ)
2011-03-21-Mon  CATEGORY: 海外旅行
■「ジャイプール」の城壁を後に「アグラ」へ向かいます。 

1 ジャイプールの城壁を後にアグラに向かう



  距離は約210kmです。

  コースは11号線沿いのはずなのでが、日本の様に標識がはっきりしていません

  ので、グーグルマップで印刷した地図を見ていても、詳細な位置はわかりませんでした。

  昨日のデリーからジャイプールへの道は、交通量が多く混んでいましたが、

  これからのコースは、比較的に少ないとの現地係員さんの説明でした。


  途中の町の様子です。

2 ジャイプールの街角



  田舎の民家の様子です。

3 民家?



  有料道路になりました。  バスの屋根の上にも乗客が乗っています。

4 料金ゲートにて



  通常の路線バスは、クーラーが付いていませんし、乗客が多いと屋根にも乗っています。

  私たちは、中型バスに乗客10名、運転手、助手、現地係員の合計13名でクーラーを

  かけています。  申し訳けない気持ちでバスを追い抜きました。

5 バスの屋根に



  田舎を抜けると街になりました。

6 ジャイプール→アグラ間の町角



  街を抜けると田舎になります。

  畑で収穫した食物や焚き木を頭の上にのせて運んでいる女性を時々見かけます。

7 田舎の様子



  牛の糞で作った燃料が、積み上げられており、乾燥中です。

8 牛の糞の燃料工場



  沿線には、レンガを焼く工場が所々にあります。 白い煙や黒い煙が煙突から出ていました。 

8.5 レンガを焼く工場



■アグラの手前約30km位に「ファテープル・シークリー」があります。

9 ファテープル・シークリー



  「ファテープル・シークリー」(世界遺産)は、16世紀ムガール帝国の

  第3皇帝アクバルが遷都先として選んだ地です。

10 ファテープル・シークリー



  「イスラム」と「ヒンドゥー」が融合した美しい建築様式です。

11 ファテープル・シークリー



  彫刻が見事な玉座です。  (木ではありません、すべて岩の彫刻です)

12 ファテープル・シークリー



  ファテープル・シークリーより近くの集落を望みます。

13 ファテープル・シークリーより集落を望む



  「ファテープル・シークリー」を見ていただきましょう!

14 ファテープル・シークリー



15 ファテープル・シークリー



16 ファテープル・シークリー



  観光客もいっぱいです。

17 ファテープル・シークリーの観光客



  この地は夏暑いので、水を貯めて滝を作り、クーラーの役目をもたせたそうです。

18 ファテープル・シークリー



  約5年をかけて作られたそうですが、水不足と猛暑のため14年で放棄されました。

19 ファテープル・シークリー



■「アグラ」の街へ入りました。

20 アグラ市内にて



21 アグラ市内にて



■「アグラ」の宿泊ホテルです。  17:40到着。

  ホテルの敷地に入る前に鉄の門があり、門番がいます。  

  ホテルの建物の入口にも、衛兵の服装をした大きな男性がいます。

  客に対しては、“ナマステ”と言いながら手を合わせて挨拶をしてくれます。

  フロントの前で、全員に「花の首飾り」をかけてくれました。

22 アグラの宿泊ホテル



  客室とバス・トイレです。

23 アグラの宿泊ホテル



      23 アグラの宿泊ホテル・バストイレ



  ホテルのレストランで夕食を摂りました。

  欧米人のお客さんが、陽気にはしゃいでいました。 

  インド音楽の生演奏が流れていました。

  しかし、私たち日本人は、昼過ぎに「東北地方の地震と津波」の情報を知りました

  ので、心配でちょっと心が沈んでいました。

24 アグラの宿泊ホテル・夕食



  ホテルの部屋で、テレビをみました。 40近いチャンネルが放送されていました。

  日本のドラエモンも放送していました。

25 アグラの宿泊ホテル・テレビ放映



  しかし何と云っても、「日本の地震と津波」のことが気になりました。

26 アグラの宿泊ホテル・テレビ放映



  人命はもちろんですが、高速で走行している「新幹線」のことが一番心配でした。

  この時点では、「原子力発電所」は全く心配ないと思っていました。


                  参考 → 悲報を知る

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ビックリ! インド(3日目:3/11 前半 ジャイプール)
2011-03-20-Sun  CATEGORY: 海外旅行
■「ジャイプール」の朝は、「アザーン」の声で目覚めました。

  「イスラム教徒への礼拝の呼びかけ」です。

  遠くからスピーカーの声で呼びかけています。

  昨日、現地係員さんが、”ジャイプールはイスラム教徒が多く住んでいます”と

  言ったことを思い出しました。  納得です!


  ホテルの部屋の裏側のベランダから市街の様子です。 
 
  生活が苦しい人達が、左側のテント区域に住んでいる様子でした。
 
1 ジャイプールの夜明け



  今日は、朝出発前にホテルの中庭で写真を撮り、7:20バスで出発しました。  

        2 ジャイプールのホテル・中庭



  ホテルを出発すると、すぐ道端に「ボロ布を被って寝ている人達」がいました。

  ピクリとも動きませんので、生きているのか?そうでないのか?全く判りませんでした。



■ジャイプールの旧市街は、「城壁」で取り囲まれています。

  「城壁の門」を通り抜けるとピンクの塗料に塗られた街がありました。

  「ピンクシティ」です。

3 ジャイプール・ピンクシティ



  その中でもひと際目立つのが、「風の宮殿」です。

4 風の宮殿



  風の宮殿の前の道路の状況です。
 
  ピンクシティの区域の建物の外壁は10年毎に塗り替えてピンクを保っているそうです。

5 ジャイプール・ピンクシティ



■その後、「アンベール城」に行きました。 

  アンベール城は、ジャイプール一帯を支配した「マハラジャ」によって16世紀に

  建設が開始され増改築が繰り返され17世紀にほぼ現在の姿になったそうです。

  アンベール城の遠望です。

6 アンベール城・遠望



  アンベール城の上部には要塞があり、山の稜線に城壁が続いています。

7 アンベール城の上部の要塞



  私達は、麓から山の中腹にある城まで、「象」に乗って行きました。

  乗り場には象と象使いがたくさん集まっています。

8 象に乗ってアンベール城へ



  象が歩くたびに乗っている台が揺れますので、姿勢を保つのに腰に力が入って大変です。

9 象に乗ってアンベール城へ



  アンベール城に到着しました。

10 象に乗ってアンベール城へ到着(S)



  アンベール城の内部は、ムガール帝国の建築様式とラジャスタンの建築様式が融合した

  ものだそうです。

11 アンベール城



  少し、散歩をしてみましょう。

12 アンベール城



13 アンベール城



14 アンベール城と城壁



15 アンベール城と城壁



  アンベール城の裏が出口です。   ヒンズー寺院?が見えます。

16 アンベール城・出口



  バスの駐車場まで、ジープに乗って下ります。

17 アンベール城を下る



  道の狭い所では渋滞しています。

  写真左側のバイクに3人乗りしている後の人は黒いベールを全身に被り、

  目だけを出しています。 イスラムの戒律が厳しい宗派の奥様でしょうか?

18 アンベール城を下る



  ここ「ジャイプール」は、人口305万人、ラジャスターン州の州都です。

  人口も多いです。 道路脇のゴミの中に牛や犬がいます。

19 ゴミと牛



  人も牛もゴミの中にいます。

20 ゴミと牛と人



  牛から絞った生乳を売り買いする市です。

  インド料理では、ヨーグルトを使用した食事や飲み物のラッシーがありますが、

  これからつくるのでしょう。

21 牛乳の市場



■「シティ・パレス」です。

  アンベールからジャイプールへの遷都をした「マハラジャ」によって18世紀初めに

  建設された王宮です。

22 シティパレス



  背の高さ以上ある銀の壷です。  

  傍に衛兵がいますが、(写真撮影にお金がいりますので)写していません。

      23 シティパレス・銀の壷



  インドの金持ちは、日本の金持ちとは比べ物にならない程の富豪です。

  そして、貧乏さんも比べることができない程です。

24 シティパレス



  この建物の部分に今もマハラジャ一家が住んでいます。

25 シティパレス・マハラジャの住居



  銀細工宝石の加工所、更紗クラフトの製作所を見学した後に「昼食のレストラン」

  に行きました。

         26 昼食のレストラン



  朝は涼しいのですが、日中は暑くなりましたので、ビー○です。

  イスラム教の人はもちろんヒンズー教の人もアルコールは飲みませんので、

  街中のレストランではなるべく飲まない様にしなければ・・・とは思いますが、

  不信心の私はいつも誘惑に負けてしまいます。

27 昼食



  バスの運転者さんと助手さんです。 3日目から運転手さんが変わりました。

  頭にターバンを巻いた人が「シーク教徒」の運転手さんです。

          28 バスの運転手



■ジャイプールの市内では、動物に引かせるロバ車やラクダ車を時々見かけます。

29 ジャイプールの市街



  昨日夜、通過した「貧乏さん」の区域の横を通って、これから「アグラ」へ向かいます。

30 ジャイプールの貧乏さんのテント村

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ビックリ! インド(2日目:3/10 後半 デリー → ジャイプール)
2011-03-19-Sat  CATEGORY: 海外旅行
■8号線をバスで「ジャイプール」へ向かいます。

1 地図(縮)



  インドには現在高速道路はないそうですが、有料道路の料金徴収所が数箇所あります。

  徴収したお金は、道路の改善に使用するとのことです。

  この付近には、日本の企業が買い占めた土地がたくさんあるそうです。

  円高で用地の買収が有利になり、インドへ進出するための布石でしょう!
 
  また、大型のシッピングセンターも建築されており、日本人の駐在員もたくさんいる

  との現地係員さんの説明です。

2 有料道路のゲート



  やがて、「ラジャスタン州」に近づくと、乾燥地帯の景色となりました。

3 乾燥地帯へ



  町では、スクールバスを多く見かけます。 教育には力を入れているのですね。

4 スクールバス



  ラジャスタン州に入る時に、道路の脇にある事務所で「税金」を払います。

  インドは、国の政府以外に州の政府があり、強い権限を持っているそうです。

  やがて、「牛が道端に寝そべったり、ゴミを漁っている」様子が見られるように

  なりました。   この8号線は、「ムンバイ」にも続く大動脈です。 

  各所で道の拡張工事が行われています。

5 ジャイプールへの8号線沿線



  庶民の活気ある生活の一端を見ることができます。

6 ジャイプールへの8号線沿線



  下の写真の中で各所に「薄茶色の大きな円盤状の饅頭」が積まれているのが判ります。

  これは、牛の糞を集めて固めて乾燥中の「燃料」です。

7 ジャイプールへの8号線沿線



  ヒンズー教寺院へお参りする団体を各所で見ました。 

  100km以上も歩いてお参りするこうです。

8 ヒンズー教寺院へ参拝行進



  参拝者を接待したり、宿泊させる休憩所もありました。

  私たちが休憩所を覗いたら、接待所の人がバナナをどうぞ・・・と大きな房を持ってきました。

  ありがたくお断りしましたが、やさしい心の持ち主の様でした。

9 ヒンズー教寺院へ参拝・休憩所


 
  田舎の地区では、小麦や菜種に近い豆の栽培が盛んでした。

  各家庭には上水道が整備されていない為、トラクターが「給水タンク車」を

  引っ張っていました。    (下の写真は給水タンクが写っていません。すみません) 


10 ジャイプールへの8号線沿線



  道端は、多くの喫茶店?があります。  そして、お喋りをしています。

11 ジャイプールへの8号線沿線



  インドを走っている車のタイヤは磨り減ってツルツルです。

  そして、多くは積載量をオーバーしていますので、トラックは故障が多い様です。

  沿線には、車の修理工場がずっと並んでいます。 

  タイヤを外して車軸を修理したり、車体を溶接して修理しています。
  
  こんなボロ車を修理できるの?  高度な工具は見当たりません。 

  バイタリティには圧倒されます。

12 ジャイプールへの8号線沿線



  町では、この様な光景が続きます。

13 ジャイプールへの8号線沿線



■「ムンバイ」へ行く道と分岐すると、交通量がぐっと減りました。

  夕暮れになったころ、「ジャイプールの市内」へ入りました。

  沿線には「貧乏さん達」のテントが並んでいますが、明かりは付いていません。

  暗いテントの中で、食事をしているのでしょうか?



■6時間かけて、「ジャイプール」のホテルに19:20到着しました。

  ホテルの中庭では照明を点けて、インド音楽を演奏していました。

  ホテルの敷地内への出入りには、門番がセキュリティをチェックしています。

  現地係員さんから、夜間はホテルから外へ出ない様にと注意がありました。

      外へ出たかったのですが、我慢をしておきましょう!

  14 ホテルの中庭



  ホテルの室内です。  清潔です。

15 ホテルの室内



  バス・トイレです。  (昨日とちょっと違います。 詳細は後ほど・・・)

   16 ホテルの室内



  廊下やエレベータホールには、インド風の絵が掲げられています。

17 エレベータ前



  夕食は、ホテルでバイキング・・・・

18 ジャイプール・夕食



  今日は、バスで疲れました。   早く寝るとしましょう!




                                         (次へ・・・)



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ビックリ! インド(2日目:3/10 前半 デリー)
2011-03-18-Fri  CATEGORY: 海外旅行
■朝起きて、ホテルの朝食に行きました。  インド料理のバイキング方式です。

1 ホテルの朝食



  朝食の後、ホテルの玄関から外へ出てみました。

  外はすごく清清しくてビックリ! インドでもこんなに清清しい時があるのですね!

  (デリーの今の季節は、最低15℃~最高28℃です。 

                 もうすぐ酷暑の地獄の季節がやってきます)

  遠くから航空機が離着陸する音が聞こえてきます。
  
  ホテルのある場所は、デリー空港の近くです。

 (デリー市街の南南西約10数km程度離れています。 デリー空港は正式には、

   インディラ・ガンジー国際空港。 昨年7月に新しくなりました。)



  ホテルの外壁は城壁をイメージさせるデザインです。

        2 ホテルの玄関



  ホテルの建物はあまり大きくありませんが、前に広い庭がありました。

  庭の隅でアヒルが餌を啄ばんでいました。

3 ホテルの中庭



  ホテルの敷地は広大です。  

  周囲は高い塀に囲まれており、外部の道路からホテルの敷地に入るにも厚い鉄の扉を

  開けてもらわなければなりません。  門番小屋もありました。

  ブーゲンビリアをはじめ色々な花が咲いていました。

4 ホテルの敷地の壁



■ベッドマネー@10ルピーを忘れない様に枕下において、7:30出発しました。

   (1ルピーは約2円弱です。 現地係員さんから10ルピー札をたくさん両替してもらいました)

  昨年コモンウエールズ(英連邦に属する国と地域の競技大会)がありましたので、

  道路も整備されたそうです。

  ところで、バスの中の運転席と客席の間がガラスのパーティションで区切られています。

  なぜなのか?聞いてみました。 エンジン音を遮蔽するためだそうです。

  なる程! トップギアで走っていても、セカンドギアで走っている感じです。 

  でも、エアコンが装備されていますので、高級バスです。

5 バスの内部



■デリー市街に近づくと道路が混んできました。 車の間を花売り少年がやってきました。

6 デリーの少年



  ニューデリーを通過しています。 広い道に緑がたくさんあります。

  現地係員さんは、”ニューデリーは世界で一番緑が多い街と言っていました” 

  本当だと感じました。

7 ニューデリーの通り



  オールドデリーに入ると街の様子が変わります。

8 オールドデリー



  朝早くホテルを出発して、渋滞を避ける予定でしたが、だんだん車が多くなりました。

9 オールドデリー



  そして、いよいよ、オールドデリーの中心部です。

  牛が歩いていたり、寝そべったりしていました。

10 オールドデリー



  ジャイナ教寺院も見えてきました。

11 オールドデリー



 「ラージカート」です。 暗殺されたガンジーさんを火葬したところです。

  ヒンズー教では、火葬した灰はガンジス河に流すのでお墓はありません。

12 ラージカート

      (私も死んだら、ヒンズー教方式にしてもらおうかな?)



  「インド門」です。  

  高さ42mのアーチには、第一次大戦で戦死したインド人兵士(約8万5千人)の名が

  刻まれています。 戦死した兵士を追悼するために造られたものです。

13 インド門



■フマユーン廟への通路です。

  インドの人達の顔やしぐさは、皆 「哲学的」に見えます。  なぜでしょう?

14 フマユーン廟への通路



 「フマユーン廟」です。(世界遺産)   赤砂岩と大理石の建築物。 

  ムガール帝国第2代皇帝マフユーンの霊廟で16世紀に9年の歳月を経て完成。

  タージ・マハールの原型となったペルシャとインドの建築様式が融合した傑作です。

15 フマユーン廟



  西のメッカの方向に向いています。

16 フマユーン廟の正面



  サリーを着たおばさんがお墓を掃除していました。

  右から光が差し込む欄間調の格子は、岩を削って作ったもの。 すごい根気です!

17 フマユーン廟・墓の掃除



  フマユーン廟から見えるきれいな寺院です。 ジャイナ教寺院か?

  「ヒンドゥー」は「India」が語源であり、オールインド教で、インドの歴史と複雑に

  絡み合っているので私には区別がつきません。

  少数派の宗教でも知識と信用、財力で立派な寺院を建立するらしいです。
  
18 フマユーン廟から見える寺院



■再び、ニューデリーへやってきました。 インドの様相です。

19 ニューデリーの下町



  渋滞している車に、花売り娘がやってきます。

20 ニューデリーの花売り



■「クトゥブ・ミナール」(世界遺産)へやってきました。

  駐車場の広場では、修学旅行らしい生徒の一団がいました。

21 クトゥブ・ミナールの駐車場前



  クトゥブ・ミナールと複合建築群です。 (12世紀~16世紀)

  全長72.5mのミナレットは、インドで1番高い。 

  建設するのに3代のスルタン(君主)が関ったイスラム建築。

  コーランがアラビア文字で刻まれています。  
 
    22 クトゥブ・ミナールのミナレット



  ラージカートのカラスとリスは、「ヨガ」をしているので痩せていました。

        (現地係員さんが、言っていました)

  人間は、ヨガをあまりしていないのでしょうか? ちょっと太めです。

22 クトゥブ・ミナールの観光客



  建築年代の異なったものが色々とありました。

23 クトゥブ・ミナールの建築群



■さて、私達を乗せてくれているバスですが・・・・・

  BA BA JI トラベルと書かれています。

  婆(ババ) 爺(ジ)が10名乗っています。

  大阪のオバチャン3名(私と同年齢)、70歳過ぎの夫婦2組、75歳の男性元教師、

  それに私達夫婦です。  確かに「婆爺」です。

24 ツーリストのバス



  今から、昼食を食べに行きます。

  ドラゴンの看板がある中華料理店です。

25 中華料理店



 婆爺は、人生残りが少ないので、インドビール:キングフィッシャーを飲みます。

26 中華料理



  中華料理は美味しかったです。  今後ずっと、食事はインドのカレーばかりになります。

27 中華料理



  中華料理店前の広場にある野菜店の横を通って、BA BA JIバスに乗り込みます。

  そして、6時間かけて「ジャイプール」へ向かいます。

28 広場の野菜売り場


                                           (次へ続く・・・)



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ビックリ! インド(1日目 : 3/9 デリーへ)
2011-03-17-Thu  CATEGORY: 海外旅行
■朝9時前に自宅を出発し、JRから南海電車に乗り換えようとした時にふっと下を見たら

  「ボロ靴」を履いて来たことに気づきました。

  自宅のドアを閉めた時に確認したい事があることに気づき、一旦自宅に入ったのですが、

  再び出るときに気づかずに外出用靴から馴染みのあるボロ靴に履き替えていました。
 
  ボロ靴は雨が降ると水が浸入してきます。

  インドで雨が降ったら、足がずぶ濡れになりますので、駅構内のコンビニで修理用の

  接着剤を購入しました。

  購入してホームに行くと、乗車予定の電車がすでに出発していました。

                失敗です。

  家内から”とうとう 焼きが廻ったネ” と云われました。

  「焼きが廻った」とは方言ですが、意味はだいたい想像がつくと思います。


  焼きが廻った人に大切な「パスポート」と「eチケット」の管理を任せることは

  出来ませんので、家内が旅行中ずっと保管することになりました。

 (eチケットは最悪紛失しても、パスポートさえあれば通常は飛行機に乗ることは

  できるのですが、インドのデリー空港は警戒が厳しく、eチケットがないと帰路

  空港の建物に入れません。 テロを警戒して銃を持った兵士が各所監視しています)



■・・・・・と云うわけで予定より10分遅れで関空に空着しました。

  両替所でインドの通貨「ルピー」に交換しようと申し込みしましたが、日本では

  ルピーに交換できないことになっていると言われました。

  あっ! そうだった。  これも、ガイドブック「地球の歩き方」に載っていました。



■搭乗手続き、出国手続きが終了し、搭乗ゲート前で待っています。

  この飛行機が、エア・インディアのボーイングB777-300ER型です。

1 AIR INDIAで出発



  機内に入る直前に、再度 ボディチェックと手荷物の検査が行われました。

                 厳しい!

2 AIR INDIAの機内



  私たちは、もちろんエコノミー。 

  出発予定時刻13:15を10分早めて出発しました。  搭乗率は、約60%位。  

  軽快に離陸しました。   窓から大阪南部:泉州が見えます。

3 離陸・大阪南部



  徳島上空を通過して、四国山脈上空にさしかかりました。

  山の頂上には雪が白く積もっていました。

4 四国上空



  四国を過ぎると下界は雲ばかりになりましたので、九州の桜島は見えませんでした。

  しばらくすると、サリー風のCAが機内食を配り始めました。

  私は「ノン・ベジタリアン」にしました。

5 機内食・ノンベジ(昼食)



  飛行機は、台湾の北方を飛行しています。

  液晶モニターで飛行状況を確認しました。

  高度36,000feet=10,972m  対地速度757km/hです。

  ジェット旅客機の速度は、通常850km/h位ですが、偏西風の影響を受けて

  向かい風で飛行していますのでスピードがでていません。

6 座席の液晶モニター



  香港空港に到着しました。 霧で遠くが見渡せません。

  昔の香港空港は市街のすぐ近くにありましたので、離着陸する時に高層アパート

  すれすれに飛行していました。  現在の新しい空港は市街のずっと西にあります。

7 香港空港に到着



  香港空港では、2時間待機します。  

  香港で乗客が降りた後、機内に残っている人達のセキュリティチェックがありました。 

  本人には座席番号を記入した○ラベルが貼り付けされます。

  機内持ち込み荷物には四角いラベルが張り付けられます。

8 香港でのセキュリティ・チェック
 (座席番号を記入した○ラベルは肩に貼り付けされますが、撮影のため移動しました)



  待機中の機内の様子です。 
 
  エコノミークラス303席、エグゼクテイブクラス35席、ファーストクラス4席です。

  エコノミークラスは3つのパーテイションに区切られています。

  当初は、機内から出て待合室で休息できるのではないか?と期待していましたが、

  機内待機となりました。

  座席の前の液晶モニターがタッチパネルになっていますので、皆さんはオンデマンドで

  映画や音楽で楽しんでいました。

  私は、エコノミークラス症候群を回避するために機内を歩き回りました。

9 香港での機内待機中
           (座席は、窓側3列 - 中央3列 - 窓側3列です)



  香港から乗り込んだ人で、満席になりました。 国際色豊かな顔ぶれになりました。

  日本時間19:15に離陸しました。

10 香港空港を離陸



  やがて、夕暮れが迫ってきました。

  時間は東から西方向に経過し、飛行機も東から西へ移動しますが、飛行機の速度より

  地球の回転速度の方が速いので、夜に追いつかれつつあります。

11 夕暮れ



  又、機内食が出ました。  私はノンベジタリアンにしましたが、家内はベジタリアンに

  しました。  食べ比べをしてみましたが、あまり味に差はありませんでした。

  インドの知識人はベジタリアンが多いとか?

12 機内食・ベジタリアン(夕食)
          (写真は、家内のベジタリアンの機内食です)



  香港を飛び立った飛行機は、中国の海南島の北側からミャンマーを通過しバングラデシュ

  のダッカ上空を通過しました。

  窓から見た眼下は真っ暗でした。

  雲が覆っているのか、経済活動が低いので街の灯が見えないのか?判断つきません。

13 座席の液晶モニター
    (これから、ヒマラヤ山脈の南側をガンジス河の沿ってデリーへ飛行します)



  デリーの西400kmのカーンプル近くになると眼下に街の灯が見える様になりました。

  着陸態勢に入りました。  街の灯が賑やかです。

14 もうすぐデリー



  日本時間の翌日am1時=現地時間pm9:30に到着しました。(時差3時間30分です)

  インドまで12時間(香港での待機2時間を含む)やはり遠いです。

  入国審査、荷物引取り、税関を無事通過して到着フロアにでました。


■出迎えのインド人がたくさんいます。 

  プラカードが小さくてよく判りません。しかも全部白黒印刷でカラーがありません。

  日本人が集まっている周辺に近づくと、インド人が声をかけてきました。

  (ガイドブックには、日本語で声をかけてくる人は、要注意と書かれています)

  現地係員のグプタさんでした。  良かった、安心しました。



  同じホテルに泊まるコースの人は全員で10人でした。

  (他にコースは同じですが、ホテルの違う人達が30名いました)

  私たち10名は、中型バスに乗って今夜宿泊のホテルに向かいました。

  ホテルは、空港の近くです。

  ホテルの近くで、煌々と照明を点けて大きな音でインド音楽を流している会場がありました。

  インドの金持ちさんの結婚式だそうです。 翌朝まで宴会が続くそうです。

15 金持ちの結婚式会場



  ホテルに到着しました。 清潔そうです。

16 デリーのホテル室内



  ホテルは旅行予約時、ランクアップしました。 

  (ランクアップの価格差はインドの人達の数日分の収入に相当します)

  トイレットペーパーを流すことが可能の様です。

17 デリーのホテル・バストイレ



  夜も更けました。 ウエルカムの果物を食べて寝ました。

  りんごは小さかったのですが、根性のある(硬いの意味)リンゴでした。



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インド旅行中に”大変なニュースが・・・”
2011-03-13-Sun  CATEGORY: 海外旅行
  本日正午に無事、関空に到着しました。 

  自宅に着いて貯まった新聞とテレビニュースを見ています。



■インド・「デリー」の南250kmの都市「ジャイプール」から「アグラ」への

  移動中(旅行3日目・現地時間pm2時半位)のバスの中で第1報を聞きました。


  現地係員グプタさんがマイクで、”日本で大変なことが起こりました”と

  言葉を発しました。  大変な事って何だろう? 

  管さんの退陣がすぐに頭に浮かびましたが、旅行中に至急伝えることでもないし、・・・

  グプタさんは続いて”大きな津波が仙台空港を襲って、空港が水浸しになり使用不能に

  なっている”。 

  この情報はグプタさんが勤めるデリーの会社から携帯電話へかかってきた情報とのこと

  でした。   とにかく、大変なことが日本で起こったことは、理解できました。



■それから30分走って、ドライブインに到着しました。

  ドライブインのテレビニュースでは、火災、仙台空港が水浸しの状況、津波が家屋・車を

  飲み込む様子が放映されていました。



■「アグラ」の宿泊ホテルの部屋でテレビの「ニュース番組」を探して見ました。

1 インドにて悲報1



  時間の経過と共に、「日本の津波」のニュースを流すチャンネルの数が多くなりました。

2 インドにて悲報2



  いづれもトップニュースです。  

3 インドにて悲報3

  長女からも地震、津波発生のメールが携帯電話に届きました。  大変な事です。 



■旅行の後半は、ずっと日本の地震と津波の心配事が頭の片隅にありました。

  デリー空港に到着する直前に、現地係員グプタさんがマイクで以下の様に挨拶をして

  現地ツアーが終了しました。


“最近、インドの有名俳優が日本を旅行して感じた印象がインドのテレビで放映されました”

  “日本を旅行して、日本の素晴らしさをつくづく感じたそうです”


  最後にグプタさんはこう言いました。

  “今日本は困難に直面しています。  しかし日本は良さを発揮してきっと困難を

  乗り越えるでしょう!  インドの人達も応援しています・・・・” と




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INDIA へ
2011-03-08-Tue  CATEGORY: 日記
■明日よりインド旅行に出発します。 関空13:15発 エア・インディア AI-315便です。

  香港経由で「デリー」へ行き、「ジャイプル」、「アーグラー」のゴールデン

  トライアングルコースを回ります。 

1 インド旅行・パンフ


 
  添乗員が同行しない(現地係員による)リーズナブルな旅行ですが、家内の希望を

  入れてホテルはちょっとだけランクアップしました。   



■30数年前にインドのデカン高原上空を通過したことがありますが、眼下の茶色の大地

  には環境の厳しいさがうかがわれました。

           (人々はどんな暮らしをしているのだろう?)
         2 インドのデカン高原上空(31年前)
                (デカン高原の上空)


■現在インドの人口は12億人弱 もう10年もすれば中国の人口13億+α 人を抜くことは

  確実です。    

  インドでは、物価の上昇、貧富の格差拡大、賄賂、カースト(憲法では禁止されて

  いるが・・)などで多難の様です。

  
  インドは、(中国の一党独裁の強権とは異なり)、民主主義です。 

  解決すべき問題点がたくさんあるのですが、なかなか問題解決が進まない様です。

  しかし、最近の経済成長は著しく 目を見張る点もあります。

  一度は訪れてみたいと思った国です。


2 アグラ周辺の河の蛇行(縮)
 (アーグラ上空  蛇行するヤムナー河:右下はタージ・マハル  グーグルマップより)

                 【グーグル・マップ】  ← クリック       


  今回の旅行では、「下痢」、「スリ・置き引き」、「睡眠薬強盗・麻薬」、「詐欺、

  うそ」、「悪質な旅行業者」に遭わない様に気を付けて無事に帰るつもりです。


  インド式トイレ(左手で処理をする)に慣れることはないと思うのですが・・・・


                                       ナマステ



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山の会のミーティング
2011-03-05-Sat  CATEGORY: 日記
■大阪市内で山の会のミーティングがありましたので、午後から出掛けました。

  京阪電車の○○駅出口でNさんと待ち合わせ時間の打合せをしていました。


  目的は、「イカ焼き」を食べようと約束していたからです。

  待ち合わせ約束の場所で、偶然 同じメンバーと一緒になりましたので、

  「イカ焼き」のお誘いをしました。


  “ 歳をとったら何時死ぬかもしれません! 明日の朝にでも心臓が止まって

   いるかもしれません!  後悔しないうちに食べておきましょう! “ ・・・と

   私が勧めて、たこ焼きも追加注文となりました。

1 商店街



  この店では、イカ焼き以外に たこ焼き と お好み焼き もしていますので、

  結構お客さんが来て忙しくしています。

  イカ焼きが出来上がるまで、私が近くのスーパーマーケットまで発泡酒を買いに走りました。

     2 イカ焼き


  当初は、Nさんと近くの公園で食べる予定でしたが、メンバーが増えましたので、

  ミーティングの会場に持ち込んで食べました。

  後から来た人たちは、室内にイカ焼きとたこ焼きのよい匂いが充満していたでしょう!

                 ごめんなさい。



■さて、ミーテイングはパソコンのExcel表を大型TVに映して、データを追加しながら

  進めました。   まだまだ先の長い作業が残っています。

3 資料作成


  帰路は、「京橋駅前」の焼肉屋さんで、ビールを2ジョッキ 飲みながら・・・


  今週は少し「腰痛」がでて具合が良くないのですが、週末も運動をしなくて

  食べるばかりで ちょっと不健康でした。


     

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